苫野先生座談会開催によせて vol.2

「唯物史観が、現実の観念論的解釈の虚を突いたのは正しかった。しかし、人間に関するいかなる真理も、不安定な人間の手によって扱われざるを得ない以上、虚偽からそう遠いものではない。他人の考えに従って考えるのは易しく、自分の眼によって見るのが難しいのは、いつの世でも変わりないのであろう。(中略)ある時期の、ある集団の客観的現実を反映するイデオロギーと言う機械的な必然性がこれにとって代わったのである。」

小林秀雄『感想』

 

先日(19日)開催しました苫野一徳先生による座談会。

前回の記事では、メインの座談会の前段として行った“恋愛×哲学”について考えてみました。

今回は、vol.2と題して、本座談会のテーマでもあった、“どのような教育がよい教育か”について考えていきたいと思います。

 

 

 

苫野先生は現状の教育をとりまく問題として、以下のような点を挙げている。

「教育学は、“理想主義”“相対主義”“規範主義”という教育思想の信念対立に陥っている」と。

 

これについてここで詳しく述べることはしないが、こうした思想のいずれもが、我々人間が本質的に何を求め、如何に生きるかという所と、無関係に唱えられてきたであろう事については言うまでもなかろう。

 

対して氏は、よい教育の条件をこう定義する。

「すべての子供たちが、生きたいように生きられること」と。

 

氏のこうした考え方の背景には、哲学者ヘーゲルの“自由”に関する思想がある。

 

「我々人間は自由への渇望を抱いている。」

ヘーゲルの言うそれは、彼の類まれな観察眼と、異様なまでに徹底した分析の才による。

我々は人間とは何か。徹底的に問うたところにそれは生まれた。

 

 

自由を相互に承認すること。

それが如何に困難なことであったかについては、我々の歴史が証左である。

 

それを解決せんとしたのが哲学であり、そこから生まれた法であった。

それが我々の知恵であった。

 

だが、それがあくまで“法”である以上、それを我々の法とするための“感度”(感性)を、“力”を育まねばならない。

故に、氏は言う。そこで必要になるのが“教育”であると。

人類が生み出した法という知恵を、現実のものとするために。

 

 

既記の通り、教育学を取り巻く現在の状況は、そのような理想を目指す道程からは、乖離しているところがある。

点数を学力の尺度とし、それをエビデンス(根拠)とする教育政策が進められている。

それが果たして“よいこと”なのかという問いのすっぽりと欠如したままに。

 

それの是非については問うまい。

我々が問わねばならないのは、それ自体十分に問われた上でのことなのかという点である。

 

哲学の本質は、問うという行為そのものにある。

理想主義者だろうが、相対主義者だろうが、ism(主義)と名のつくところには、問うという行為が欠けている。

 

偉大な思想家とは、如何なる意味においても決して“主義者”なぞではなかった筈だ。

問うて問うて、それでも疑いきれぬところを信じた。あるいは信じざるを得なかった。(尤もそれは同じことだが。)そういう人間であったのであるまいか。

 

「あらゆる天才は恐ろしい柔軟性をもつて、世のあらゆる範型の理智を、情熱を、その生命の理論の中にたたき込む。勿論、彼の錬金の坩堝に中世錬金術師の詐術はない。彼は正銘の金を得る。ところが、彼は、自身の坩堝から取り出した黄金に、何者か未知の陰影を読む。この印影こそ彼の宿命の表象なのだ。この時、彼の眼は、痴呆の如く、夢遊病者の如く見開かれていなかればならない。何故なら、彼の宿命の顔を確認しようとする時、彼の美神は逃走して了まふから。芸術家の脳中に、宿命が侵入するのは、必ず、頭蓋骨の背後よりだ。宿命の尖端が生命の理論と交錯するのは、必ず無意識に於いてだ。この無意識を唯一の契點として、彼は「絶対」に参与するのである。見給え、あらゆる大芸術家が「絶対」を遇するに如何に慇懃であったか。「絶対」に譲歩するに如何に巧妙であつたか。」

小林秀雄『ランボオⅠ』

 

信念の衝突という問題の解消には、我々が信念なるものを持つことの如何に困難たるかをしっておけばそれで足りる。

そして教育というthemeを扱う者は、その困難と向き合わねばなるまい。

 

絶対なるもの、その信念を抱くに、我々は如何に真摯たれるか。

 

「現代人は、既に習俗化し内的生命を失った現実主義思想に取り憑かれて苦しんでいる。」

 

思想を、あるいは絶対をつかもうとする行為。それは我々が我々の手によって、非常な忍耐を持ってなさねばならぬ労働である。

自らの眼で観る事だ。

頭蓋骨の背後より、己の宿命の来たるその瞬間まで。

 

文 岡田光輝