新春落語会“落語の夕べ”開催

先日1月18日は、“落語の夕べ”と題し、あこにて落語会を開催しました。

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普段の座談会とは、少し毛色の違うイベントをということで企画した今回の落語会は、

アマチュア落語家としてご活躍の福々亭熊助さんと、茶伊さんをお招きし、開催しました。

 

熊助さんは、初の女性真打である古今亭菊千代師匠に落語を学び、現在は各地でボランティアで落語会を催されるなどご活躍の方です。

普段は東映のアニメーターをされていることもあり、そのキャリアにも注目したいところですが、

 

今回は何よりも落語会!

幅広い世代の方にお集まりいただき、存分に笑っていただきました!!

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開口一番は熊助さんによる「強情灸」

江戸っ子は熱い湯を好む、音を上げぬ強情さ。

「俺は熱くねぇが、(石川)五右衛門はさぞ熱かったろう」

このサゲは秀逸です。

 

続いて茶伊さんによる「動物園」

明治40年作ながら、最早新作とはいい難い名作です。

場内もますます笑いに包まれます。

 

最後は再び熊助さんによる、

『妾馬(八五郎出世)』

町人の八五郎は、娘のツルをさるお殿様の妾にやっている。そんなツルに“お世取り“ができたという話しを聞かされた八五郎だが、この男は「およとり」を「鳥」の一種かなにかだと勘違いするような粗忽者。そんな八五郎は、お殿様の屋敷に呼ばれ歓待を受けるが、どうにも振る舞い方がわからぬから

「えー、おわたくしはお八五郎さまで、
このたびはお妹のアマっちょが
餓鬼をひりだしたてまつりまして」

なんぞと話し始める始末。だが、そんな八五郎を殿様も面白がって「朋友に申すごとく遠慮のう申せ」と無礼講を許す。そんな八五郎は気に入られ、殿様に召し抱えられ大出世を遂げるというのがこの噺の流れ。

全体を通してユーモラスな噺でありながら、八五郎が殿様に「ツルをよろしく」と頼む場面では、八五郎の粗い言葉の中から娘への深い愛が垣間見え、いかにもほろりとさせられます。

 

そんな笑いあり、感動ありの噺を熊助さんの大熱演で、しかもここ土佐町“あこ”で見ることができるとは、落語好きも、落語を初めて見る方にも存分にお楽しみいただけたのではないでしょうか。

 

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さて、少々野暮かもしれませんが、せっかくなので落語のひとつの見方について書いておきます。

落語の成り立ちは諸説ありますが、お寺での説教話がその原型のひとつになったとされています。

それ故、ひとつひとつの噺の中に、教訓めいたものや、人としてのあるべき立ち居振る舞いを学ぶという機能があったと言われます。

これを享受した当時の町人らは、“どういう人物が一人前とされるか”、“人情とは何か”をそこから学んできました。

桂米朝は『落語と私』の中で、落語は一種の社会学と題してこういう事を言っています。

「人との応対や、折り目切り目の挨拶の仕方、使う立場と使われる立場。
昔は学校教育、家庭教育の不十分な環境が少なくなかったが、それらの人々でも落語で社交のいろはをさとり、敬語の使い方を知ったと言っても過言ではない。」

 

兎も角、落語はそういう意味で、当時の人々の感じ、考えていたある種の典型、或いは理想があったと見てよいでしょう。各々の生活経験に裏付けられた、実感のこもった理想。それが落語の世界の住人たちにはありありとみてとれるのです。

妾馬の八五郎は、精錬された振る舞いはできぬかもしれない。だが、人のこころというものは十分にわかっている。そういういかにも人間くさい人物です。またこのお殿様も、八五郎の無礼なぞ気にも留めず、八五郎という人間のこころを直截に受け取っている、情に溢れた人物です。

 

米朝はまたこうも述べています。

「現在では落語の世界とそれぞれの人の生活環境にズレが出来過ぎました。無論、人間の心理の根本というものはそう変わりません。」

わたしたちは噺の中で、落語の世界の愛すべき住人たちに出会った時、或いは微笑し、或いは一緒になって涙を流すでしょう。そこには、わたしたち人間の変わらぬ部分、謂わばその心理の根本とも呼ぶべきものがあるのではないでしょうか。

なにも言辞を弄するつもりはありませぬ。わたしたちが、あるひとりの人間に触れるとき、そこに生まれるものは、はてなんだろうか。それを直截に受け取る事、その処し方を、落語は語っているのです。

 

最後にサゲの代わりにこんな話を。

古今亭志ん生が『らくだ』のマクラで、「昔はもっとのんびりしていたもんですな」と語っていた事がある。大正から昭和の初期にかけての時期の発言と推察されるが、明治後期生まれの志ん生にとって、その時分を、慌ただしく、目まぐるしく感じていたというのは興味深い。酒を飲んで高座に上がり、天衣無縫、融通無碍と称された“粋人”古今亭志ん生は、自身が落語界の住人のような人物だったのだが、はて、志ん生のような人物は現代において新たに生まれ得るだろうか。

粋で、自由で、ゆとりある、そういう人間たちによって編まれた落語という文化は、物や、事や、人と、じっくり時間をかけて、丁寧に付き合って、「観」たところに生まれたものに他ならない。この落語という文化は、未だ死してはおらぬように見える。では何が失われたか。わたしたちは落語の世界の住人たちに問われているのである。何をか。自らを。

 

文  岡田光輝