本間正人先生 座談会 開催

「いづれの品にもせよ、学びやうの次第も、一わたりの理によりて、云々してよろしと、さして教へんは、やすきことなれども、そのさして教へたるごとくにして、果たしてよきものならんや、また思ひの外にさては悪しきものならんや、実には知りがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、実はただその人の心まかせにしてよきなり。」

本居宣長『うひ山ぶみ』

 

12月2日(土曜日)

土佐町教育委員会主催(共催SOMA)による座談会をあこにて開催しました。

 

講師は元NHKビジネス英会話の講師であり、

現在京都造形芸術大学の副学長を勤めておられる本間正人先生。

 

当日は“英語の学び方”と“やる気を引き出すコーチング術”についてご講演をいただきました。

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“最新学習歴”

英語の学び方を知る上で、最初に本間先生がお話になられたのが、このなにやら耳慣れぬ言葉についてでありました。

わたしたちは普段“学歴”こそ気にするが、この直近の学習歴というものにはほとんど関心を払っていないのではないかと思います。

 

学習とは、なにもどれだけ本を読んだかというようなものでは必ずしもない。

仕事、人間関係、家庭生活、子育て、云々。

そういうものに対して、わたしたちはどれだけの関心を払っているか、あるいはどれだけ密接に向き合っているか、そういうことが問われているのであります。

 

英語を学ぶ大原則

「英語は教わるのではなく自ら学ぶもの」

 

なるほど、これは英語に限らず、わたしたちが学ぶという行為に処する上で、いかにも緊要(きんよう)なことでありましょう。教わるという事と学ぶという事、いまや誰もがその密接不可分を信じて疑わぬこの言葉を、もう一度反省してみる必要がわたしたちにはあるのです。

 

そういうわけで、

今回は参加していただいたみなさんに、楽しみながら英語力をつけるための学びの実践を体験していただきました。

 

 

二文字目しりとり、イメージ連想、山手線ゲーム

みなさんにお楽しみいただきながら取り組んでいただいたこれらのゲームも、

言うまでもなく学びの実践なのです。

これまでpassive (受動的)なものでしかなかった英語に関する学びを、行動のなかで紡ぎ直す、

学びとは、そういうactive(能動的)なものの中でしか生まれ得ぬものなのでありましょう。

 

さて、続いてお話をいただいたのが、“コーチング”について。

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Teaching からCoachingへ、

そこで必要とされるスキルは、教えるという行為におけるそれとは大きく異なるものです。

 

“傾聴”

耳を傾けるというその行為に内包されている意味に思いを馳せれば、

そこに生まれるものは愛に他ならない。

 

ここでみなさんに取り組んでいただいたのが、ヒーローインタビューです。

(ひとりひとりが“ヒーロー”として語る言葉に、

大人も子供も一緒になって耳を傾けます。)

 

そこには相手に何かを求めるという“こちらの意図”は本来介在しない。

わたしたちはこういう類のコミュニケーションにどれだけ注意を払っているでしょうか。

 

対象の全てに己の意識を集中するという営み、

こういう人間の交渉というものの裡(うち)に現れる至上の美に、わたしたちがゆめゆめ不感でいられるならば、それはあまりに鈍感が過ぎる。

 

小林秀雄が『美を求める心』の中でこういう事を言っています。

『美しい自然を眺め、或いは、美しい絵を眺めて感動した時、その感動はとても言葉で言い表せないと思った経験は、誰にでもあるのでしょう。諸君は、何んとも言えず美しいと言うでしょう。この何とも言えないものこそ、絵かきが諸君の眼を通じて直截に諸君の心に伝えたいと願っているのだ。音楽は、諸君の耳から入ってまっすぐに諸君の心に至り、これを波立たせるものだ。美しいものは、諸君を黙らせます。美には人を沈黙させる力があるのです。(中略)絵や音楽が解るというのは、絵や音楽を感ずる事です。愛する事です。』

 

本間先生はこうおっしゃいます。

私たち人間は、“homo discens”であると。

 

<人間とは学習する存在である。>

わたしたち人間にとって学ぶという行為が、生きるという行為と一般なのだとすれば、

これほど美しい定義もまたないでしょう。

 

わたしたちは愛するという行為の裡(うち)においてこの世界を知り、

そして己を知る。

 

学びとは愛である。

わたしたちは学び続けねばなるまい。

それはこの世界を、

そして自分自身を愛するという行為なのであるから。

 

文 岡田光輝