タムラカイさん 座談会&ワークショップ開催vol.2

 「現代人は、どういふ了簡でゐるから、近頃能楽の鑑賞といふ様なものが流行るのか(中略)僕は、無要な諸観念の跳梁しないさういふ時代に、世阿弥が美といふものをどういふ風に考へたかを思ひ、其処に何んの疑はしいものがないという事を確かめた。
『物数を極めて、工夫を尽くして後、花に失せぬところを知るべし。』
美しい「花」がある、「花」の美しさといふ様なものはない。(中略)肉体の動きに即って観念の動きを修正するがいい、前者の動きは後者の動きより遥かに微妙で深遠だから、彼はさう言ってゐるのだ。不安定な観念の動きを直ぐ模様する顔の様なやくざなものは、お面で隠してしまうがよい、彼が、もし今日生きていたなら、さう言ひたいかも知れぬ。」
小林秀雄『當麻』

今回は、前回記事に引き続き、タムラカイ(タムカイさん)さんによる座談会、WSの記事第二弾です。
キャリア論とともに今回のもう一つのテーマだったのが、エモグラフィや、エモーションマップといった、“感情を描く事を通じた創造”についてでした。

 

(ただ線を一本描いてみるという行為。)

 

「絵心」

この言葉を辞書で引くとこうあるそうです。

1.絵を理解する能力

2.絵を描きたいと思う気持ち

 

絵心がないなぞと簡単に言ってしまいがちなわたしたちですが、

わたしたちが、それを絵と認識した瞬間、あるいはたとえ線一本であれ、何かを描き出したその瞬間、それはわたしたちが既に絵心を有しているという事と一般だとは実に面白い事実です。

 

 

 

タムカイさんの手法を用いれば、実に100もの感情(表情)を描き出す事ができます。

(詳しくは、タムラカイさんの著書ラクガキノート術で)

 

ロジカルシンキングばかりが喧しく言われる現代ですが、

感情を、それも普段わたしたちが様々な、併し、決して曖昧なところのない観念を自由に投影している“顔の表情”というものを元に考えるとは、今わたしたちが何かを思考する上で、それまでには欠けていたなにがしかの点を拾い上げるという事になりましょう。

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昨今流行りのエモいという言葉。

 

ともすると言語の貧困とも映りかねぬ言葉ですが、

言い尽くせぬ感情を如何に描写するか、

howやwhyという解釈を拒絶してかつ動じない美を如何に物語るか、

そういう点においては、これ程率直な表現もまたないと言えましょう。

 

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感情の動きに則って、自らの未来を考える、

参加していただいた方にはそんなワークにも挑戦していただきました。

 

たった一本の線でさえ、其処にはわたしたちの個性も、美意識もそっくり現れているとなれば、わたしたちにとって創造とは、自らを知り、自らと対話する事に他ならない。

 

文字と記号による“計画”は、

問題解決に決して欠くことのできぬ、原因と結果の関係を洗いだしてくれるだろう。

だが無論、それはまた新たな原因を表出させ、あたかも玉ねぎの皮でも剥くがごとくであるという事にも成りかねぬ。

そしてそれは、無用な観念をわたしたちに抱かせ、わたしたちの顔にいかにもやくざな表情を現出せしめる事になるのである。

 

 

将来期待さるべき“率直な感情”を描き、それを元に思考することは、

わたしたちをそういうジレンマから救うだろう。

 

 

将来を想像し、人生を創造する。

人生の然るべきときに、わたしたちは一体どんな“面”を用意しておけばよいだろうか。

 文 岡田光輝