「1」とはなにか? 森田真生さん座談会

”雨の音に聴きいるうちに、自分がすっかり雨になる。

あるいは澄んだ月を見あげるうちに、自分までもが月になる。”

森田真生『アリになった数学者』

Image-2

先日福音館書店より絵本『アリになった数学者』を出版された森田真生さん。

”アリになった数学者”が「1」とはなにかについて問う、という深淵な内容ながら、これを読むものは自ずからその世界へと引き込まれてゆく。

わたしたちはたちまちに”アリ”そのものへと化する。

 

そんな森田さんによる今回の座談会は、講演というよりも寧ろ演奏会、

闊達なテンポに圧倒されながらも、その底を流れるものはわたしたちを捉えたまま決して離しはしない。

「a=b”とする”」という事。

筆算というアルゴリズム。

わたしたちは数を「操る」ことが数学である、と普通考えている。

はて、数を「わかる」という事は、数を「操る」という事と同じであろうか。

 

IMG_1897.JPG

重々帝網は、わたしたちの生きる世界の認識について説いた弘法大師の言葉で、華厳経にその根拠がある。

わたしたちの生きる世界は網の目のようにつながり、わたしたちはその中で生きとし生けるすべてのものとの間に関係を取り結んでいる。だが、そのどこか一片を切り離してやるだけで、それはたちまち何かを起点とした、関係性の”樹”と化してしまう。

AとBのみの関係、そのratio(比)を問う事。それはわたしたちがrational(合理的)に現実生活へ処するために、決して欠かすことのできない行為であろう。だが、果たしてそれは本当にわたしたちを幸せにするだろうか…

 

絵本にはこんな一節がある。

 

”見えるというより、じっと耳を澄ませて聴くの”

 

理解しようとする目にはきっとこのことばは映らない。

「1」について問うこと、「1」の色や音を”観ずる”という事。

 

”数学する”のはなにも脳髄だけではないのである。

 

それをわたしたちに教えてくれるのは、数学者でも科学者でもない。

たった”1匹”のアリである。

 

 

森田真生さんホームページ

福音館書店 アリになった数学者